楽しみにしていた映画を観た。「マルタの優しい刺繍」。この秋、絶対に観ようと思っていた映画の一つだ。思っていた以上によかった。久々に爽快な気分になれる、素敵な映画だった。

スイスの小さな村の中に手作りのランジェリーショップを開く、80歳のマルタが主人公。小さな村ゆえに道徳的な規範が多々あるし、マルタの息子は牧師だし、夢は簡単には叶わない。でも、女友達の力もあって、夢を叶えていく。

村の恥さらし…、いい年をして…、嫌がらせや中傷の数々。年老いた女に対する不当なまでの仕打ちに、腹が立つ。それに負けないマルタの穏やかな闘志は、時にコミカルで、また時に胸を打つ。

規範と自由…ありきたりの図式だけど、直球フェミニズムだと私は思う。

ストーリー展開は単純だけど、随所に見る美しい刺繍や、ランジェリーの質感、夢見るようなマルタの表情は魅力的だ。自分の世界を自分の手で作り出そうとする意志が、次第に形になっていく様子に目を奪われる。

男たちの言うつまらない説教、彼らが守ろうとする規範や共同体、幻想の伝統…、そんなものがいかに無意味なものか痛快に描かれていく。

小さな共同体の中の既得権を持つ働き盛りの男たちの行動は、もはや滑稽でさえある。礼拝の場で神の言葉として母親に制裁の言葉を投げつける牧師。美しい郷土を男性合唱団(男性だけだから意味があるようだ)で歌いあげようとする政治家崩れの男。ちなみにそいつは、自分の父親の通院の送り迎えにさえ運転を拒み、父親を施設に入れようとする。

暴力的な男たちに対してマルタたちはそれぞれ、店を開き、車の免許を取り、インターネットを学ぶ。古い共同体の中で、男性性と若さによって独占されてきたツールを手に入れることで事態を好転させていくのだ。

とても単純明快。でも最高に可愛くて素敵な映画だ。

観ながら、ずっとずっと美しい刺繍をしてきた祖母の姿を思った。一緒に観ることができたら、きっと祖母はたくさんの元気をもらえただろう。今は外出するのも難しく、記憶を重ねることも困難だけど、それでも一緒に観ながら笑いたいと思うのだ。

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