すでに終わってしまったが、2月末、国際芸術センター青森で開催されていた呉夏枝(お・はぢ)×青森市所蔵作品展「針々(しんしん)と、たんたんと」を拝見した。

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今年の青森の冬は、そこで暮らしている方々にとってどれほど大変かと思う豪雪で、私が訪れた日は晴れて気持ち良い空気だったが、視界が真っ白でまぶしいほどの雪の壁に圧倒された。

「しんしんと、たんたんと」というタイトルは、「針」という文字を使っているが、あたかも雪が降る音にならない音のようでもあり、長い冬の間、室内で針を運ぶ様子であるように感じられる。

今回の展示は、呉夏枝のこれまでの作品と青森市が所蔵する伝統工芸品や収蔵品のコラボレーションになっている。

青森市には、かつて「青森市立歴史民俗展示館稽古館」という博物館があったという。1977年に財団法人として開館、そのご1998年に青森市に移管され、2006年に閉館してしまった。主に民具や民俗資料などが展示されたようだが、現在は青森市教育委員会に移管されたという。いつか拝見したいと強く願っているが、津軽こぎん刺し、南部菱刺などをはじめ、アイヌの工芸品コレクションも多いという。ここの館長を務めていた田中忠三郎は、民藝の流れを汲む民具研究の大家で、彼のコレクションは現在浅草のアミューズミュージアムでも見ることができる。

ちなみに「稽古館」という名称にとても惹かれるのだが、江戸時代に弘前城下に置かれていた津軽藩の藩校の名称とのこと。「稽古」という言葉が何とも古風である。

さて、展示について・・・。

現代アーティストである呉夏枝が、青森市の布・衣服の収蔵品と向き合い、そこにかつて布を縫い、袖を通し、労働した身体の感覚を読み取りながら、呉の作品とともに展示していくインスタレーション。展示の前半では、古い麻織物やこぎん、菱刺などのほか、蚊帳や地蔵帽子衣服なども展示されていた。後半には呉夏枝のこれまでの作品が展示されていく。

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「過去」の「名もない」布製品――それは、決して豊かでない人々が長い時間をかけて日常の暮らしの中で使用し、消費してきた――と、人はどのように向き合ってきたのか。これらの青森市のコレクションが遺され形成されるに至った思いと、今ここでそれらと向き合いながら「展示」していくアーティストのまなざしに、心を奪われるような時間を過ごした。

「蚊帳」と名付けられた展示は、明治2年生まれの女性が、明治10年に麻の種を蒔き、繊維を取り、麻を織り、蚊帳を作り、嫁入り道具として持参したというもので、会場に吊られた蚊帳の中には、この蚊帳が寄贈されるまでの経緯が書かれた文章と麻の繊維が置かれていた。すでに大正末頃には、都市部では蚊帳は自分で縫うことは少なくなるのだが、それまでは裁縫の上手下手にかかわらず生活の必需品として女性たちが仕立てていた。それも、麻の種を蒔くところから・・・ということに、一つのモノが生まれるまでにかけられた時間と手間の意味を感じさせられる。

藍が時間の経過で黒っぽくなった「蚊帳」と呼応するように、会場の対極には呉夏枝の「散華」(2005年)がある。白い薄い布――まるで蚊帳のような――中には、母や祖母の記憶にまつわる衣服・布と彼女が織った布で作られた「衣服」がある。

http://hajioh.com/works2005/

両者の造形的相似と色彩や質感の対比によって、この空間に二つの軸が作られ呼応関係にあることが読み取れる。布によって仕切られた小さな空間は、長い時間を封じ込めているかのようであった。

会場の中央には、こぎんの着物を立体的に展示していた。着物はたたむと平面的なのだが、人が袖を通すと布がまったく違う表情を見せる。身体の厚みを、まるでそこに人がいるかのように観る側の目線の高さで見せることによって、私たちはその着物がどんな風にまなざされていたのかを感じ取ることができる。こぎんを纏ったいくつもの人形(ひとがた)と肩が触れるような位置に近寄ると、糸の針目は布に不思議な波を作っているのがわかる。無数に針を刺すことで布は強靭になり、また人の体に寄り添うようになるのかもしれない。

こぎんは精緻な針目で構成されているのだが、時折違う色糸が刺されていたり、刺しかけのものがある。「製品」というものが画一的な規格品となり「質が向上」したのは近代の所産であろうが、暮らしの中で作られたものはそんな均質ではない顔を見せる。誰がどんな理由で糸の色を変えたのだろう、どうしてここで縫うことをやめたのだろう・・・と、見る側に感じさせるのは、おそらく呉が私たちに針目を読み取らせるように意図しているのだろう。そんなふうに、私たちは呉夏枝のまなざしを通して、針目を読み、針目を通してこれらの布が生きていた時を辿っていく。

その贅沢な時間に心から感謝するとともに、「博物学」的なまなざしではない「展示」の可能性を強く感じたことを記しておきたい。

 

国際芸術センター青森

呉夏枝(お・はぢ)×青森市所蔵作品展「針々(しんしん)と、たんたんと」

2013年2月10日(日)-3月17日(日) 10:00-18:00

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